じゃこびの町

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【感想】漫画『ファイアパンチ』を読んだけど面白すぎてワロタ【考察】

ジャンプ+で連載されていた藤本タツキ先生の大人気漫画『ファイアパンチ』を読んでみました。

 

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……あっぱれ!

 

 

 

1.あらすじ

生まれながら奇跡を使える人間を 祝福者と呼んだ 『氷の魔女』と呼ばれる祝福者によって 世界は雪と 飢餓と 狂気に覆われた 凍えた民は炎を求めた

再生能力の祝福を持った主人公アグニとその妹ルナ。両親を失った二人は身を寄せ合って小さな村で細々と暮らしていた。そんなある日、ベヘムドルグ王国の兵士ドマの手によって村は全焼。彼の朽ちるまで消えない炎の能力によってルナは死んでしまうが、アグニは灼熱の地獄の中で再生と炎上を無限に繰り返し、なんとか生き長らえた。

あれから8年。その身を焼き焦がしながらも体を自由に動かすことを可能にしたアグニは、憎きドマに復讐するべく、ベヘムドルグへと旅を始める─────。

 


『ファイアパンチ』1巻発売記念PV

 

2.ありえんハードな世界観

 『ファイアパンチ』を読んでまず目を奪われるのがグロテスクな描写の数々。

1巻を手にとりさあ読むぞ~と思ったら、いきなり主人公が自分の腕を妹に切断させるところから物語が始まるものだからひっくり返ってしまった。見てるだけでツライツライだ。 

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 (引用元:『ファイアパンチ 1』藤本タツキ 集英社

この切断した腕、何に使うのかというと村人に配って食用にするのだと言い出すのだから驚き。飢えをしのぐために再生能力が強いアグニが自分の腕を毎日何回も斧で切ってもらっては生やしているそうです。優しいんだか狂ってるんだか(トホホ

他に食べるものがないとはいえ、余りにショッキングな光景。

作品内が無慈悲無秩序無教養な世紀末のため、常識の通じない、残酷で狂気に覆われた世界が『ファイアパンチ』では描かれています。

殺人略奪当たり前。奴隷制度、人身売買、強姦、カニバリズム、近親相姦等々、倫理観の欠片もないような行為が平然と行われるものだから、思わず目を背けたくなってしまいます。大人も子どももバンバン死んでいくし本当に容赦がない。トホホ。 こういう残虐なシーンは基本的にじゃこびは苦手なんですが、怖いもの見たさからか、「うーうー」唸りながらも結局ページを捲る手を止めることはありませんでした。

まあ、グロいシーンがただ並べられてる漫画ではなくて、「残酷な世界で人はどうするのか、どうなるのか」というその先を映えさせるためのあくまで演出として残虐描写は存在しているので、安心?してほしいところ。

帯に""ダークファンタジー""とやたら描いてるだけあって、基本的に暗い世界で陰鬱な物語が進んでいくため、そういう話が好きな人には特にオススメ。

 

3.読者を振り回す邪道な展開

 あらすじを見たり、最初の2,3話だけ読んでるだけだと『ファイアパンチ』はドマとかいう敵をぶちのめす復讐劇なのかな?と思うかもしれないですが、それはとんでもないフェイク

 

妹の仇である憎きドマと1巻の時点で早々に再会を果たしてしまうアグニ。ガチンコ能力バトルにでも突入するのかと思いきや、なんとこの宿敵ドマ、「何でもするから許してくれ」等と謝り倒して命乞いをしてしまいます。ゲロ吐きながら。

f:id:jacobmacfi:20181106204101p:plain  (引用元:『ファイアパンチ 1』藤本タツキ 集英社

ドマは心の病で既に疲弊している様子で、こんな燃え尽きてしまったジジイに復讐したとしても、読者はカタルシスを得られないのは火を見るより明らか。

 

この時点で『ファイアパンチ』はドマに復讐を果たすのがゴールの漫画ではないのではないか?という疑問が読者に生まれてきます。

 

後述する謎の女 トガタの登場によって物語は更に分からない方向に進んでいくことに。このトガタさん、いきなり現れるや否や、「ドマを殺せるようセッティングするから、アグニを主人公にした映画を撮らしてくれ」と言い出します。意味がわかりません。

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 (引用元:『ファイアパンチ 2』藤本タツキ 集英社

ここからトガタ監督はアグニを復讐者らしい主人公にすべく指導していき、史上最高傑作を作ろうと奮闘します。なにこれ。

 

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 僕は物語が展開される中で、ジャンルが変わるというか、読者が事前に予想していた展開からまったく別の方向へ進んでいくマンガを作りたいと思っているんです。(中略)「ファイアパンチ」は今後3回か4回、ジャンルが変わります。

 1巻発売前のインタビュー。

場当たり的にその場のノリとテンションで話を変えてるのかと思いきや、ちゃんと計算して物語を作っているらしい。

マジで1話から最終巻までの構想を練っていたのだとしたら、天晴れという他ない。

 

f:id:jacobmacfi:20181106200130j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 2』藤本タツキ 集英社

この予想のできないストーリー展開と同じくらい予測不能の行動をするのが、主人公のアグニ。

 

正直な話、こいつには感情移入できません

復讐者だと思ったら主人公を演じ、神様になったかと思えば悪役になり、狂人など、様々な役にコロコロ変わっていくので読者は中々頭が追いつかない。その辺のアグニの心理描写を作中すごい丁寧に描いてくれてるんだけど、理解できない。いや、理解はできるんだけど共感できないというかなんというか。 ダークヒーローとかいう範疇から飛び出してしまい、主人公として、人として、越えてはならない一線を余裕で超えてしまっているので、中盤以降はもう応援できないんですよね。トホホ。

 

主人公に感情移入できないというのは割と漫画として致命的な欠陥なのかもしれませんが、ここまでキャラが変わる異常な奴だと、「こいつはこの先どうなってしまうのか」という興味が無限に湧いてきて逆に気になってしまいます。

そういう点ではアグニも"主人公"の条件を満たしているのかもしれません。

 

 1話で期待するような、クズどもをボコボコにして爽快感が得られる話とは程遠い、不完全燃焼なストーリーが『ファイアパンチ』では待っています。

が、物語のお約束を無視する衝戟の展開の連続に目が離せなくなるのもまた間違いないです。期待せり~!

  

4.キチ○イ女監督 トガタ

f:id:jacobmacfi:20181106204503j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 2』藤本タツキ 集英社

ファイアパンチ』の魅力の8割を占めていると言われる(じゃこび調べ)女監督トガタですが、ま~あこの人がイカれ過ぎてやばい。トガタやばい。

 

主人公と同じ再生の祝福持ちのひょうきんな女性で、映画を何よりも愛している300歳。作中1,2を争うレベルに博識で頭もよく、格闘術も心得ており、最強クラスの戦闘力の持ち主。監督。かっこいい。かわいい。

f:id:jacobmacfi:20181106205804j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 2』藤本タツキ 集英社

 撮影中、再生の祝福者と連続で戦うことになり、ふざけるなと""喝""を入れるトガタ。

ベヘムドルグの兵士たちに捕まったアグニを助けるために初登場して大暴れするんですが、これがもう狂気過ぎてワロテしまう。『ファイアパンチ』の狂った世界に、トガタの無茶苦茶なキャラクターがよく合ってる。

 トガタの登場でこの作品が予測不能のジェットコースターと化していきます。

 

大好きな映画を焼かれてしまい生きる糧を失うトガタですが、全裸で燃えてる男ファイアマン(アグニ)を見かけたことで、彼に惚れ込み映画を撮ることを決意。救出したアグニを主人公に仕立て上げ、面白い演出を取り入れようとあれこれ画策します。

基本的にトガタの行動原理にあるのは「面白いか面白くないか」であり、映画が面白くなりそうだったらなんでもする映画の鬼です。

 

お前は最後に殺すと約束したな…あれは嘘だ」「キックザベイビー!」等パロディー台詞をガンガン使用したり、監督という立場を利用して読者がツッコミそうな事を先回りしてツッコんでもくれるメタなキャラ

この手のキャラは一歩間違えたら寒すぎて大惨事になりそうなものですが、トガタはそれらを絶妙にシュールな笑いへと昇華させてくれるので、好きです。

 

f:id:jacobmacfi:20181106215300j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 2』藤本タツキ 集英社

トガタの人間性が垣間見えるシーン。ただ頭がおかしいだけのキ○ガイではなく、映画という自分の芯、支えをもとに生きてきたことが伺えます。

物語が進むに連れてトガタの内面が語られていきますが、その辺りのくだりも本当にあっぱれ。

ただ笑えるキ○ガイだったトガタが、次第に愛おしく感じてきます

 

5.「演技」というキーワード(ネタバレ注意)

f:id:jacobmacfi:20181107125412j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 5』藤本タツキ 集英社

恐らくこの漫画で一番伝えたいテーマであるのが「演技」

ファイアパンチ』の登場人物たちは皆何かしらの演技をし、周りの人たちはそれを信じています。

 

ベヘムドルグの指導者 "ユダ"は、本当は国王も神様も存在しないのに、神の声が聞こえるフリをしていました。人々をまとめ、導いていくためです。

そのユダの演技を国民たちは信じ、神であるベヘムドルグの国王を崇めていくのですが、民衆を統率しやすくするために使われるある映像が出てきます。それが「映画」です。

f:id:jacobmacfi:20181107174923p:plain  (引用元:『ファイアパンチ 5』藤本タツキ 集英社

宿敵ドマさんも、ただの娯楽作品の映画を本物の神が悪魔たちを燃やしている光景だと信じ込んでしまい、ユダが言う偽りの天啓に盲目に従ってしまいます。この漫画映画に狂わされる奴多すぎ。

何故こんなちゃちいC級映画に何も疑いを持たないのかというと、人々の基盤に「教養」がないからだと語るドマ。

教養がないから人々は想像力を養うことができず、ユダの「演技」も、映画内の「演技」も簡単に信じ込んでしまうのでしょう。

 

物語中盤、ベヘムドルグの奴隷を救出したアグニは数百人規模の大所帯を抱えることになります。ここで当然直面するのが食糧問題

自分を神と崇拝する人々の期待に応えるため、アグニは再び自らの人肉を提供します。しかも燃えていない頭部の左側。オエー!!

 

ほぼほぼ顔面の肉なので目ん玉や耳なども中には含まれており、食べる側は人肉が出されているということは一目で分かります。にも関わらず、人々がアグニの肉を食べることができるのは何故か。

それは「神様の教え」だと互いに嘘をつき合ってるからです。

アグニの目を食べると目がよくなり、アグニの耳を食べると病気が治る。アグニの口を食べたら神の力を分けてもらえるなどと訳の分からないデマカセを勝手に言い出すし、もう手に負えません。(まあ否定しないで神を演じるアグニが悪いんですが)

食べてる本人たちも、「人肉を食べるのは人の道を外していること」だという自覚は当然あるのでしょうが、「神の加護がある肉だから」と自分を騙し、何も悪いことをしていないかのような「演技」をします。

 

f:id:jacobmacfi:20181107182108j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 4』藤本タツキ 集英社

皆で嘘に嘘を塗り固めていくことで、嘘は事実となり、「常識」となっていきます。

勿論そんな常識に染まりたくないという人もいるのでしょうが、集団の中で生きていくためには、周りに合わせて狂った「常識」に染まった「演技」をするしかないのです。生きるためだから仕方ありませんね(トホホ

 

他にもわんさか「演技」で己も周囲も欺くキャラたちがいますが、そんな中でも演技に演技を重ねた演技派俳優なのが主人公のアグニさん。

上の方でも書きましたが、こいつは色んな役を演じ過ぎてしまっていて、アグニという人間が何者であるのか、自身も『ファイアパンチ』を読んでる読者も分からなくなってしまいます。

 

トガタの映画撮影に付き合う形で主人公を演じることになったアグニ。ここからアグニの「演技」遍歴が始まったかと思いそうですが、これまたとんでもないフェイク。

なんと物語の核の部分でもあるかと思われた、ドマへの復讐心も実は演技だったとアグニは言い出すのです。

 

アグニにとって妹のルナは「生きる糧」でした。 ルナが幸せに生きることだけが、彼にとっての支えであり、全てだったことは間違いないでしょう。

何よりも大切だったルナが目の前で焼け死んでしまうことで、アグニは文字通り生きる理由を失ってしまい、死を望みます。生きてても熱いし痛いだけなのでまあ当然ですね。

そんなアグニを生に繋ぎ止めているのは、「生きて」というルナの最後の言葉。この妹の最後の願いのせいで彼は死ぬに死ねないのです。

 

妹という唯一の「生きる糧」を失ってしまった。灼熱の炎に燃やされる苦痛から逃れたい、死にたい。でも妹の「生きて」という願いを叶えなければならないので死ねない。

八方塞がりになったアグニが最後に辿り着いたのが、ドマへの恨みを「生きる糧」とし、復讐者の「演技」をすることです。

f:id:jacobmacfi:20181107230815j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 3藤本タツキ 集英社

ドマを殺したところで妹は帰って来ない、復讐に意味はないと分かっていても、痛みを誤魔化して生きるためには復讐者を演じるしか選択肢がなかったアグニはひたすらドマを憎みます。

年月が経過する中で「演技」をしていたことも忘れ、いつしか「演技」が「本心」に変わっていくアグニ。(まあ本心も何も8年間燃やされ続けてるから憎しみの感情が沸くのは当然なのですが)

 

例え本来の自分とかけ離れた姿だとしても、「演技」をし続けることで、いつしか偽りの自分は本当の自分になってしまうのです。

 

中盤、アグニは復讐を果たすべくドマへ会いに行きます。しかし、ドマと言葉を交わし、多くの子どもたちが彼を慕い共に暮らす姿を見たことで、殺害を断念。

「自分と同じようにドマにも助けたい人がいる」「ルナも自分も誰かが死んで満足するような奴じゃない」。そう言ってアグニはドマのもとを去ります。

 

これにてアグニの復讐の旅は幕を下ろした………………かと思いきや、やっぱりドマの所に戻ってアグニはファイアパンチかましてしまいます。しかも子どもたちも皆殺し。外道過ぎワロタ。(まあ唯一救いなのはアグニが進んで燃やしに行った訳でなく、ドマを探し歩いてる中で火が燃え移って死んでしまったというところでしょうか。擁護にもならないですが)

f:id:jacobmacfi:20181109192012j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 5』藤本タツキ 集英社

これには流石のトガタもドン引き。

アグニ自身は燃やした記憶はなさそうで、心の奥に潜む復讐心が自我を凌駕して知らない内にやっちゃったかのような様子をしています。

 

この時アグニは唯一炎に包まれていなかった顔の左側も燃やすことで、別人格へ切り換えているかのような感じ。「狂気」に完全に覆われたという表現でしょうか。

これ以降も我を忘れて残虐非道な大量殺戮をする時はこの顔になります。キチ○イスイッチみたいな。

 f:id:jacobmacfi:20181109193740j:plain  (引用元:『ファイアパンチ 5』藤本タツキ 集英社

 これは完全に「悪役」のツラですね、ありがとうございます。また役のレパートリーが増えました。

 ようやく我に返ったアグニは、「自分は『主人公』じゃなくて『悪役』やったんや!ルナと一緒に死んどくべきやったんや!」と悟り、湖に落ちて自殺を図ります。

 

このアグニによるドマファミリー皆殺し、復讐心が抑えきれずやっぱり燃やしてしまったのかと最初は思いましたが、命を絶つ口実のために「悪役」となって殺ったのではないかという気もします。

前提としてアグニは「熱い!苦しい!妹おらんしさっさと死にたい!」という感情が大部分を占めてました。それでも彼を生に繋ぎ止めていたのは、ルナの「生きて」という呪いともいえる最後の願いと、そこから生み出されたドマへの復讐という「生きる糧」です。

しかし、ドマを見逃して復讐を終わらしてしまったことで、アグニには「生きる糧」がとうとうなくなってしまいます

救った人々を助けるために神の「演技」をして生き続けるにしても、ドマの「教養」の話を聞いたアグニが人肉を分け与えられるとも思えませんし、このまま皆の面倒を見ることも困難です。

神の「演技」では復讐の「演技」のように「生きる糧」の代わりには恐らく成り得ません。

 

ルナの「生きて」という願いを叶えるために死ぬわけにはいかない。でももう死にたい。

このジレンマを解消するために辿り着いたのが、復讐を果たすためにドマを殺して「悪役」になることで生きるに値しない自分を作り出すという答えだとじゃこびは考えている次第です。

世の中の無差別殺人犯の多くには自殺願望があり、死に値する自分を故意に作り出して「演技」をし、生に踏ん切りをつけるために殺人を犯すとよく言われますが、アグニもまさにこれの類だったんじゃないかと思います。

意識的か無意識的かはともかく。

 

こうして自分が死ぬべき理由ができ上がったアグニは晴れて(?)湖に落ちて死のうとしますが、トガタの命と引き換えに助け出されてしまい結局それも叶わず終い。

しかも今度はトガタに「生きて」と言われてしまい、またしても死ねなくなってしまいました。ここまで来ると同情も禁じ得ません。

 

その後はルナに顔が似ていて記憶も失ったユダを妹ということにして、自分は「兄」の「演技」をすることで、自殺未遂を繰り返しつつもなんとかアグニは10年間生き長らえます。偉いぞ。

 

アグニを筆頭に、「演技」で本当の自分を覆って延々と偽りの自分を演じ続ける『ファイアパンチ』の登場人物たち。

これは漫画の中の話だけではなく、私たちの現実世界も当たり前のように演技が溢れ返っています。会社に学校、家庭内。集団の中に存在する限り人は「演技」から逃れることはできません。本音と建前を使いこなす我々日本人なんか特にそうなんじゃないでしょうか。

 

しかし、素の自分を隠して別の自分を演じることは、決して悪いことではないはずです。

 

最終巻、アグニが初めて嘘(演技)をついたときのことが語られます。

少ししかない食糧を前に食べるのを遠慮していた兄妹に対して「もっと食べていいんだよ」と謝る母親。その時のことをアグニは次のように話します。

俺は母さんを安心させたくて嘘をついたんだ 。山の芋を見つけたからルナと一緒にたべたんだよ だから俺もルナもお腹がいっぱいなんだよと。 その後寝る前にベッドの上でルナと話していると ルナの中では本当に芋を見つけて食べた事になっていた。(中略) 食べてもいない芋でお腹が膨れたルナに俺は少し笑った。 いつもはお腹がすいてなかなか眠れずに ルナと二人でずっと話しているんだけど その日は俺もルナも なぜだかすぐに眠れたんだ。

劇中の「演技」は人を狂わせるものばかりが目立っていましたが、ここで語られるアグニの根っこの「演技」はとても温かくて優しいものでした。

「人は信じたいものを信じたいように信じる」「演技をし続ける内に、演じている自分が本当の自分になってしまう」「自分が何者かは他者の評価によって分かる」

物語終盤で出てくるこの辺のセリフが、全てアグニの最初の「演技」にはつまっています。

 

そこに秘める目的によって、「演技」は人を幸せにもできるし、不幸にもしてしまう。

 

そんなことをこの漫画では最後に伝えたかったのではなかろうかという気がします。

 

 ファイアパンチ 8 (ジャンプコミックス)

 

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とりとめのないことを長々と書いてしまいましたが、残念ながらじゃこび自身まだ『ファイアパンチ』のことを十分に理解できていません。マジで誰かに解説してほしいです。トホホ。

また読み直したり、パロディ元の映画たちを見てもっと理解を深めていきたいところ。

 

まだ読んでない人には是非読んでほしいですが、この漫画は好き嫌いが分かれると思います。

他人にものを勧める時に「評価が分かれる」なんていうのは逃げみたいな感じがしてあまり使いたくないんですが、『ファイアパンチ』はマジで評価が分かれる気がする。ので使わせてもらいます、あえてね。

 

全8巻と手軽に揃えられるので、是非購入を検討して見はいかがでしょうか!

 

 

 

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。